漂白の詩人、松尾芭蕉の句碑を訪ねてみませんか?
松尾芭蕉は、50年の生涯の中で、記録上二度、この阿波の土地に足を踏み入れている。一度目は、上野からの新大仏寺参拝で、二度目は、久居からの長野峠越えである。 「からかさに 押しわけみたる 柳かな」 碑に彫られたこの句は、元禄7年(1694)春、江戸芭蕉庵で作られたもので、「炭俵」に収められている。
「初しぐれ 猿も小蓑をほしげ也」 名句として世に名高いこの句は、元禄2年(1689)、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終え、伊勢神宮に参拝し、長野峠越えで伊賀へ帰る途中に詠まれました。塚のまわりは、今も木立が生い茂り、当時の様子がしのばれます。
「枯芝や やゝかげろふの 一二寸」 付近の野山には冬の色が濃く残ってはいるが、枯れ芝の上に一、二寸ほどの陽炎が立っており、やがて春も近いと、芭蕉が1688年、お伊勢参りの帰り道、神社の麓を流れる河原にての作といわれ、昭和43年に地区の俳句愛好者にて建立された。
「丈六に 陽炎高し 石の上」 貞亨5年(1688年)、芭蕉が友人2人と共にここを訪れた際に暴風雨で大破した大仏の頭部が石の上に置かれている無残な姿を見てこの句を詠まれたと言われています。俳文「新大仏寺記」の全文を刻んだ文学碑もあります。